3/31 越後谷 陸上部の哲学入門

お疲れ様です。越後谷です。練習があった日(3/31)は1年生でしたが、投稿時点(4/3)では2年生です。4/2の集合が雨でなくなったことにいいことにぐだぐだ執筆してしまいました(しかも長文)。今まではその日のうちに投稿するようにしていましたが、これで私も噂のブログキャンセル界隈の仲間入りですね。



本題に入る前に、新入生がブログを読んでくれているかもしれないので、私から一言失礼します。新入生の皆さん、特に経験者や入部を悩んでいる人へ、とりあえず実際に競技場に来て走りましょう。競技をやっていた時の気持ちとか楽しさがぶわっと湧いてきて、また陸上をやりたいと思えるはずです。実際、私も去年は他のサークルと迷っていましたが、体験に来て走ったことがきっかけで即陸上部への入部を決めました。先輩がおごるご飯目当てでもいいので、ぜひ遊びに来てください!



さて、練習の振り返りに入ります。3/31のメニューはペース走でした。多くの人が今週末のレースに向け、各自ペースや距離を調整して取り組んでいました。

私は400mに向けスタブロの練習をしたのち、スパイクで800m以上の距離を走っておきたいということで1000m刺激を入れました。春合宿TTの3’21”に近い記録を出せたらいいなと思っていたのですが、82”-40”-85”(なんでこんなラップの取り方したんだろ)でけっこう渋めでした。合宿でも痛感したり指摘されたりしたのですが、スピードがあっても維持できず活かせていないのが勿体ないですね。冬季練では結果的にスピードそのものの強化をしすぎて、余計に後半の弱さが目立つようになってしまいました。400mでもペース配分が重要だと聞きましたし、距離が短いうちは垂れは気合いでなんとかなるという脳筋思考も程々にしないといけなさそうです。



練習後に、なぜこうなったのかはわからないのですが(最初は研究室の話だったと思う)、哲学的な話をして盛り上がりました。これがなかなか面白くて、その後もいろいろ考えたので、せっかくならと思って文章にしてみました。


哲学において、人生の意味に関する議論は避けては通れません。

例えば、

「生きる意味って何?」

「最後は死ぬのに、なにか頑張ったり成し遂げたりしても無駄なんじゃないの?」

という問いは、よく聞きますね。

確かに、死ぬということはこの世から自分の意識が完全にシャットアウトされるというわけですから(私たちが感じるものや世界は本当に存在するのかどうかという話は置いておきます)、生きているうちに成し遂げたものや残したものに対して主体的価値を見いだすことさえもできなくなりますよね。今まで多くの哲学者たちがこの問いに直面し、多種多様な答えを出してきましたが、今でもよく議論になります。


このような「終わりがあるから全部無意味」的な問いは身近なところに敷衍できます。

例えば陸上競技だったら、

「どうせ引退して終わりが来るのに、競技をする意味って何?」

「苦しい練習を続ける意味って何?」

といった感じです(さすがに言い過ぎか)。

結果が出なかったり怪我などで走れなかったりして参っている時など、たまーに私はこのような考えにぶち当たるんですが、皆さんはどうでしょう?特に、競技自体の楽しさだけではなく、結果も求めて競技に打ち込んでいる人ほど考えたことがあるのではないでしょうか。


また、先程の問いのさらに延長で、

「将来も陸上で生きていけるとは限らないのに、速くなれるのか確証もないのに、なんで部活動として本格的に競技を続けているんだろう?」

みたいな疑問も浮かんだりします。

私自身、なぜ陸上部に入ってまで本気で陸上をやっているのかと訊かれたら、「満足するレースができたら達成感があるから…??」というように、疑問形でしか返すことができません。「満足するレース」という部分もかなり主観的かつ抽象的ですね。自然科学ではないので明確な答えがないことは悪いことではないのですが、やっぱりモヤモヤしてしまいます。


私の好きなスポーツ漫画「ハイキュー!!」88話より、以下のようなやり取りがあります。

「絶対に”1番”になんかなれない どこかで負ける」

「それをわかってるのに皆どんな原動力で動いてんだよ!?」

この場面は割と有名かもしれません。部活に対して冷めた態度をとっていた月島蛍の言葉に、彼の幼馴染みである山口忠がこう返します。

「そんなモンッ プライド以外に何が要るんだ!!!」

山口は「原動力」を「プライド」だと一言で表現していますが、それにも多くの含蓄があるのでしょう。100字以内で説明せよとか言われたら絶対に答えられません。部活動や競技を通してどのような経験をしてきたか、人間関係や本気度などの視点からその人が置かれていた環境はどんなものだったかを考えていったら、「原動力」が何か掴めるのではないかなと考えました。

もちろん、今回考えた問いに対しての答えは人の数だけあるでしょうし、どれが正解だとかもないはずです。私の競技人生も、中学から始まったことを考えれば、残り3年もないというのは終盤に差し掛かっています。その残りの期間で自分自身に対する答えを見つけられたらいいな、と思います。答えがあったほうがより納得して引退できそうですし、競技者として自分がやってきたことや過ごした時間に意味をもちたいので。


ここまでレポートでも書けそうな重めの話を長々としてしまいました。きっとレースが近いやらもう2年生になってしまうやらでいろいろ吐き出したいこともあったのでしょう!そういうことにしておきます。この人意外と普段から考えてるんだな〜ちゃんと文学部なんだな〜程度に思っていただけたら幸いです。ちなみに私の所属する研究室は哲学ではなく文化人類学です。



今週末の学連春季の話題に移って締めようと思います。ここで多くの選手がシーズンインを迎えますね。私は400mと800mに出場します。

400mは、自分の現状を知ることに加え、800mの前日刺激も兼ねています。ただ、レースとしての400mはこれで人生2回目になるので、フライングにだけは注意しないとです。一方800mは、私の申請記録が組で下位、苦手な内レーンからのスタート、よんぱち界隈の大先輩の美結さんも同じ組という、個人的にかなり激アツな展開となっております。また、地元の秋田県選標準(2’28”)を切れるかどうかもかかっています。昨シーズンはPBを出せていないこともあり、今月中にはなんとしても結果を出したいです。春合宿の600mTTを考慮すると標準突破は十分に狙えると信じているのですが、やっぱり怖さもあります。いけるかいけないかという期待と不安が混じったこの感覚が、いかにもレース前という感じで私は好きなんですけどね。自分のレースだけでなく、一緒に冬季練習を乗り越えた仲間のレースと成長を見られるのも楽しみにしています。シーズンイン、楽しんでいきましょう!



最後に、めちゃくちゃ長い文章をここまで読んでくださった皆さん、本当にありがとうございました。次回執筆の際は、ブログキャンセル界隈脱却目指して励む所存です。それではまた!

東北大学学友会陸上競技部 中距離パート